ひっつき虫は誰が運ぶ?~動物に付着する種子の量に影響する要因の解明~

ひっつき虫は誰が運ぶ?
~動物に付着する種子の量に影響する要因の解明~

ポイント

  • ?6種の中型哺乳類の剥製模型を使用して、動物の体表に付着する種子の数を比較しました。
  • 付着する種子の量は動物種によって異なり、体毛の長さや動物の体高が付着する種子の数に影響することが分かりました。
  • 冬に植物体が枯死して倒れることで結実部の高さが低くなり、種子が付着しやすい動物種が季節によって変化する可能性を示しました。

本研究成果は、フランスの生態学誌「Acta Oecologica(略称:Acta Oecol)」オンライン版(4月6日付)に掲載されました。
論文名:Seed attachment by epizoochory depends on animal fur, body height, and plant phenology.
著者名:Kanon Sato, Yusuke Goto, Shinsuke Koike
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1146609X23000267


概要
 国立大学法人中国竞彩网大学院農学府 修士課程学生 佐藤華音、同大学院グローバルイノベーション研究院 小池伸介教授、ミュージアムパーク茨城県自然博物館 後藤優介(副主任学芸員)らの共同研究チームは、6種の中型哺乳類の剥製模型(注1)を使用して、付着散布(注2)を行う植物の種子を対象に、動物の体表に付着する種子の量に動物の種間で違いが生じる要因を明らかにしました。付着する種子の量には動物の体毛の長さや、種子が結実する高さと動物の各体部位(注3)の高さとの重複範囲の幅(以下、重複幅)が影響することが分かりました。また、付着散布を行う植物は冬に植物体が枯死した後も、動物に付着可能な状態の種子が植物体に付いたままであるため、種子を散布できる期間が非常に長くなります。さらに、枯死した植物体は生育している植物体と比べて、倒れることで種子の結実する高さが変化するため、種子が付着しやすい動物種は、植物が生育しているときと枯死しているときとでは異なる可能性が示唆されました。

研究背景
 自ら移動することができない植物にとって種子散布(注4)は子孫を残すとともに、分布を広げる唯一の機会です。種子散布には種子を運ぶ媒体によって様々な散布様式があります。付着散布は、動物の体表に種子が付着することで種子が分散する散布様式です。付着散布を行う植物の種子は、動物の体表に付着しやすい独特の構造(フック、刺や粘液)を持っています。そのため、幅広い種類の動物の体表に種子は付着できると考えられていますが、これまでの研究では家畜やシカ類など一部の動物種を対象に、種子が付着しているのかどうかを確かめるといった事例がほとんどでした。そのため、実際に種子を運ぶと考えられる野生動物による付着散布の実態は国内外でほとんど知られておらず、どの動物種が、どの植物種の種子を付着散布しているのか?、また付着する種子の量を左右する要因は何か?、といった基礎的な情報すら知られていません。そこで研究チームは、関東地方の平地に生息する一般的な中型哺乳類を対象として、動物の体表に付着する種子の種類とその量の比較を行いました。また、種子の付着量に影響する動物側の要因を調べました。

研究成果
 2021年から2022年にかけて、ミュージアムパーク茨城県自然博物館の野外施設にある林の縁において、体表に付着する種子の種類とその量を動物種間で比較するため、中型哺乳類6種(アカギツネ、アナグマ、アライグマ、タヌキ、ニホンイタチ、ハクビシン)の剥製模型を使用した、種子の付着調査を行いました。模型には車輪を装着し、調査者が器具の後方に取り付けた棒を押して地面上を移動させることで、動物が歩行している様子を再現できるようにしました。この模型を調査地内5地点で各10m走行させ、体表に付着した種子を体部位ごとに回収しました。また、一般的に付着散布を行うと考えられている植物の種子の結実期間は秋に始まります。そこで、冬に植物体が枯死した後の種子の付着状態も検証するために、植物が生育している10月と、植物が枯死した12月に付着調査を行うとともに、植物の種子の結実の状態(高さや成熟の有無)を毎月記録しました。そして、種子の付着量は動物種間で異なり、付着量の違いには体毛の長さや重複幅が影響するという仮説を検証しました。
 その結果、10月と12月の付着調査で植物7種、合計9033個の種子が剝製模型の体表に付着しました(図1)。また、種子の付着量は動物種によって異なりました。たとえば、チヂミザサの種子は10月にはタヌキでの付着量を基準にした場合、ハクビシン、アライグマ、キツネにはより多くの種子が、アナグマ、イタチにはより少ない種子が付着しました。また、12月にはタヌキでの付着量を基準にした場合、キツネとアライグマにはより多くの種子が、イタチにはより少ない種子が付着し、アナグマとハクビシンはタヌキと同じ程度の量の種子が付着しました。このことから、季節によって種子が付着しやすい動物種が異なる可能性が示唆されました。これは、植物が枯死することで茎が倒れたりして、結実した種子の地面からの高さが変化したことが原因として考えられます(図2)。
 また、種子の付着量を左右する動物側の要因では、体毛の長さと、重複幅が影響しました。さらに、それぞれの要因が種子の付着量に影響する程度は季節によって異なる傾向を示しました。たとえば、イノコヅチでは、10月には重複幅が大きいほど種子の付着量が多くなる一方で、12月は体毛が長いほど付着量が多くなりました。この理由としては、12月には植物が枯れることで結実部の高さが低くなり、種子が付着しやすい動物の種類や体の部位が変化したためだと考えられます。さらに、植物種によっても種子の付着量に影響する動物側の要因が異なったことから、付着散布における種子の動物への付着量を決める要因としては、植物側の要因である植物種ごとの種子の構造の違いと、動物側の要因である動物種ごとの体毛の特性の双方が各季節で影響していると考えられます。

今後の展望
 本研究では動物の剥製模型を使用することで、直接観察することが難しい野生動物を対象に、動物の体表に付着する種子の種類と量を複数の動物種で比較することができました。この結果は、これまで未知であった「付着散布における植物-動物間のネットワーク(種間関係)」の解明につながります。今後は、動物の行動を考慮して、付着した種子がどのような場所で散布(脱落)するのかといった、一連の種子の散布過程を明らかにすることが期待されます。また、植物種によっては、在来種であるタヌキより外来種のアライグマやハクビシンのほうが種子を多く散布している可能性が示唆されました。したがって、本来は生息していなかった外来種による現状の生態系での種子散布者としての役割の評価も、今後は検証すべき課題として考えられます。また、今回は博物館が収蔵する標本を活用することで、これまで未知であった自然現象を解明することができました。このように、博物館と研究機関が連携することで新たな研究が展開される試みが今後も広がることが期待されます。

用語説明
注1)対象とする動物各種の歩行時の様子を模した模型を用いた。模型は各種の体型に応じた胴体部を木材で組み立て、これに全身の実際の毛皮を被せることで作製した。
注2)植物のなかで種子を動物の体表(体毛や羽)に付着させることで種子を散布させる種子の散布様式。また、このような様式で散布される種子を、俗称としてひっつき虫やくっつき虫と呼ぶ。
注3)今回は頭上面、頭下面、胴上面、胴下面、四肢、尾の6か所とした(図3)。
注4)種子が母個体から離れて移動すること。

図1.中型哺乳類6種に付着した種子の量(左が10月、右が12月)。黒い箱の幅は付着した種子の相対的な量を表す。
図2.オレンジが生育している状態(10月)、青が枯死している状態(12月)の植物体の種子の結実している地面からの高さの分布 (左からイノコヅチ、チヂミザサ)。
図3. 付着調査に用いた模型の体部位の定義。鼻先から耳の付け根までを「頭」、耳の付け根から尾の付け根までを「胴」とした。
写真1.調査に用いた剥製模型。左からイタチ、タヌキ、ハクビシン、アライグマ、キツネ。
写真2.調査の様子。調査者が剥製模型を押すことで、実際に動物が歩いている様子を再現する。
写真3.キツネの剥製模型の耳にイノコヅチの種子が付着している様子。

◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院グローバルイノベーション研究院
教授 小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

ミュージアムパーク茨城県自然博物館
副主任学芸員 後藤 優介(ごとう ゆうすけ)
E-mail:gotou.yuusuke(ここに@を入れてください)blue.ibk.ed.jp

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?中国竞彩网 小池伸介教授 研究者プロフィール
?中国竞彩网 小池伸介教授 研究室ウェブサイト
?小池伸介教授が所属する 中国竞彩网農学部地域生態システム学科

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