新しい多置換ピロールの簡単合成法を開発:医薬品などの短段階で高収率な合成に貢献

新しい多置換ピロールの簡単合成法を開発:
医薬品などの短段階で高収率な合成に貢献

 国立大学法人中国竞彩网大学院工学府応用化学専攻 栗田真之介(修了生)、同大学院工学府 清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、窒素を含むアセチレンの誘導体であるイミノアルキンとブタジエンの誘導体である共役ジエンから多置換ピロールを簡単に合成する方法を開発しました。ピロールは窒素を含む5員環構造の芳香族分子であり、多くの置換基がある多置換ピロールは血液中のヘモグロビンなどの生体内物質や医薬品に多く見られる構造です。この成果により安価な原料から医薬品などの効率的な合成が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会Organic Letters誌(4月15日付電子版)に掲載されました。
論文名:Ru(0)-Catalyzed Synthesis of Conjugated Iminotrienes and Subsequent Intramolecular Cyclization Giving Polysubstituted Pyrroles
URL: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.2c00773


現状
 生体内物質や医薬品に見られる基本骨格の1つに窒素を含む5員環構造をもつ芳香族分子であるピロールがあります?。複数の有機基が置換されたピロールを多置換ピロールと呼びますが、例えば血液中に含まれるヘモグロビンにも多置換ピロールが多く含まれています。これまで多置換ピロールの合成法としては、100年以上前に開発されたジケトンやケトエステルとよばれる含酸素分子とアミノケトンや第一級アミンから合成する方法が現在でも広く用いられており?、新しい合成法としてはニトロ基を持つオレフィンとイソシアノエステルとよばれる化合物の間の反応などが知られていました?。しかし、これらの多置換ピロールの合成法では原料の合成に多段階を要したり、望みの有機基を望む位置に導入することが困難である場合があるなど、入手が容易な原料から簡単な合成法が求められていました?。

研究体制
 本研究は、中国竞彩网大学院工学府応用化学専攻 栗田真之介(修了生)、同大学大学院工学府 清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教、および同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授により行われました。この研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究(B) (17H03051)や北興化学工業株式会社との共同研究などにより行われました。

研究成果
【反応発見の経緯】本研究では、アセチレンの含窒素誘導体であるイミノアルキンとペンタジエン酸メチルの混合物に0価ルテニウム錯体を触媒として加え室温で反応させたところ、反応時間わずか10分でこれらの分子がカップリングしたイミノ共役ヘキサトリエンとよばれる直鎖状の化合物が高収率で生成しました。しかしこの化合物は、簡単に加水分解されて炭素と窒素の二重結合を有するイミノ基(R?N=CR?R?)が炭素と酸素の二重結合を有する官能基であるカルボニル基(O=CR?R?)に変化してしまいました。イミノ基は一般的に不安定で加水分解されやすく、微量の酸や水でカルボニル基にかわることは教科書にも記載されている一般的な現象です?。また、イミノ基の炭素が炭素―炭素二重結合を持つアルケンに結合している共役イミンは、さらに不安定な構造とされ、その反応性はほとんど知られていませんでした。この研究で合成されるイミノ共役ヘキサトリエンは共役イミンの仲間であり、予想通り不安定であったため、当初ボーチ還元とよばれる還元反応によりイミノ基(R?N=CR?R?)に水素付加をしてアミノ基(R?NH-CHR?R?)に変換して生成物を取り出そうとしました。ボーチ還元の一般的な方法は、穏やかな還元剤として知られるシアノ水素化ホウ素ナトリウムを用い、反応を加速するために酢酸を加えてメタノール中で行います。
 ところが実際にボーチ還元を検討したところ、予想に反してこれらの生成物では還元反応はまったく進行せず、イミノ共役ヘキサトリエンが分子内で環化した多置換ピロールが得られることが分かりました。検討の結果、シアノ水素化ホウ素ナトリウムは不要であり、イミノ共役ヘキサトリエンはブレンステッド酸もしくはルイス酸により分子内環化して多置換ピロールになることを発見しました。得られた多置換ピロールはシリカゲルカラムクロマトグラフィーなどにも安定であり、単離することができます。

【多置換ピロールの新合成法について】今回発見した方法では2工程の反応で反応が進行します(スキーム1)。しかし、メタノール中でイミノアルキン(スキーム1の分子2)と、ペンタジエン酸メチル(同分子3)を0価ルテニウム錯体を触媒として室温で反応させれば、メタノールの酸性度を利用して1工程で直接多置換ピロール(同分子5)を得ることも可能です。今回合成した14種類の多置換ピロールの収率は置換基によりますが、76%?14%です。これらのピロールはいずれも新規化合物であるため直接の比較はできませんが、例えば医薬品の合成に関する米国特許には類似の多置換ピロールの合成法が報告されていますが、特許記載によると6段階で全収率はわずか8%です(スキーム2)?。
 本研究による多置換ピロールの生成機構もDFT計算とよばれる理論計算や重水素ラベル実験などから解明されています。特に重要な点としては、これまでイミノ基は簡単に加水分解されるのが常識でしたが、メタノール中ではまったく加水分解されないことを見つけた点です。これは、メタノール中ではメタノールが1,8-付加とよばれる付加反応と脱離反応を行っており、酸がこれを促進している新しい現象を発見したことです(スキーム3)?。実際にヘキサンや塩化メチレン、アセトンなどの他の溶媒ではピロールはまったく生成しません。

スキーム1. 多置換ピロールの新合成法

スキーム2. 従来合成法による医薬品に用いられる類似の多置換ピロールの合成法。反応工程が6工程であり全収率は8%。

スキーム3. 多置換ピロールの生成機構。はじめに0価ルテニウム錯体により鎖状交差二量化反応が進行し、化合物4が生成する。化合物4は酢酸と反応し、これによりメタノールが付加しやすくなり付加反応(1,8-付加と呼びます)が進行してAになります。その結果、6位と7位が単結合になり回転ができるようになりBが生成します。メタノールが脱離してCとなり、アザマイケル型5-exo-trig反応とよばれる反応が分子内で進行してDとなり、最後に酢酸が脱離して多置換ピロール5を与えます。

今後の展開
 これまでのところイミノアルキンは各種化合物が使えますが、共役ジエンとしてはペンタジエン酸エステルしか使えません。今後、使用できる基質種類の増加が期待されます。また、今回合成した化合物は必ずピロールの2位に末端にエステル基を有するアルケニル置換基がある構造をしています。この多置換ピロール骨格はC型肝炎ウイルスの増殖を阻害する医薬品(HCV RdRp阻害剤)として研究が進められているため?、今後は医薬品などの効率的な合成につながることが期待されます。

参考文献
1) Fürstner, A. Chemistry and Biology of Roseophilin and the Prodigiosin Alkaloids: A Survey of the Last 2500 Years. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 3582–3603.
2) (a) Knorr, L. Synthese von Pyrrolderivaten. Chem. Ber. 1884, 17, 1635–1642. (b) Paal, C. Syntheses von Thiophen- und Pyrrolderivaten. Chem. Ber. 1885, 18, 367–371. (c) Hantzch, A. Neue Bildungsweise von Pyrrolderivaten. Chem. Ber. 1890, 23, 1474–1476.
3) Barton, D. H. R.; Zard, S. Z. A New Synthesis of Pyrroles from Nitroalkenes. J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1985, 1098–1100.
4) Leonardi, M.; Estévez, V.; Villacampa, M.; Menéndez, J. C. The Hantzsch Pyrrole Synthesis: Non-coventional Variations and Applications of a Neglected Classical Reaction. Synlett 2019, 51, 8164–828.
5) 例えばブルース有機化学 第7版下巻、Bruce P. Y.著、大船泰史、香月 勗、西郷和彦、富岡 清監訳、化学同人 pp909 (2014).
6) Sandoz Pharm. Co., Pyrrole Analogues of Mevalonolactone, Derivatives Thereof and Pharmaceutical Use, US Pat 4,851,427.
7) この反応は酸を加えなくてもメタノール中で反応しますが、その場合には、イミノ基の窒素がメタノールにプロトン化され、メトキシ基が共役付加(1,4-付加)する形式で反応が進行します。
8) Santo, R. D.; Fermeglia, M.; Ferrone, M.; Panei, M. S.; Costi, R.; Artico, M.; Roux, A.; Gabriele, M.; Tardif, K. D.; Siddiqui, A.; Pricl, S. Simple but Highly Effective Three-Dimensional Chemical-Feature-Based Pharmacophore Model for Diketo Acid Derivatives as Hepatitis C Virus RNA-Dependent RNA Polymerase Inhibitors. J. Med. Chem. 2005, 48, 6304–6314.

◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院工学研究院
応用化学部門 教授
平野 雅文(ひらの まさふみ)
 TEL/FAX:042-388-7044
 E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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